東京地方裁判所 昭和46年(借チ)2030号 決定
〔主文〕申立人が、相手方に対し、本裁判確定の日から三月以内に金七〇万円を支払うことを条件に、別紙目録(一)記載の土地に関する賃借権を左記の四名に左記の如くそれぞれ譲渡することを許可する。
(一) 東京都目黒区目黒本町四丁目七番二号佐々木昇に譲渡する部分別紙図面イ、ロ、ホ、ヘ、イの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分49.09平方米
(二) 同所岩橋明に譲渡する部分
別紙図面ロ、ハ、ニ、ホ、ロの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分35.11平方米
(三) 同所忍足遙子に譲渡する部分
別紙図面ヲ、ル、カ、ワ、ヲの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分50.30平方米
(四) 同所大川絹子に譲渡する部分
別紙図面ル、ヌ、ヨ、カ、ルの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分35.38平方米
(五) 右四名に譲渡する部分
別紙図面ヘ、ホ、ニ、リ、ヌ、ル、ヲ、ト、ヘの各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分18.54平方米
〔理由〕(申立の要旨)
1 申立人は、相手方から別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を木造建物所有の目的、存続期間昭和四一年八月一五日から二〇年の約で賃借中にして、地代は、現在一ケ月九七五〇円である。
2 申立人は、本件土地上に別紙目録(二)記載の建物二棟(いずれも二戸建)を所有し、A棟の南側一戸を佐々木昇に、北側一戸を岩橋明に、B棟の南側一戸を忍足遙子に、北側の一戸を大川絹子にそれぞれ賃貸している。
3 申立人は、A棟及びB棟を右借家人らに本件土地賃借権とともに譲渡することとし、本件土地のうち譲渡部分を主文記載のように定めたが、借地権の譲渡につき、相手方の承諾が得られない。
4 よつて、借地権の譲渡につき賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求める。
(決定理由)
1 申立の当否
本件の資料によると、借地の面積を除き、申立の要旨として掲げた前記1ないし3の事実が認められる。借地の面積は東京法務局所属公証人藤井勝三作成の昭和四二年第六〇四号土地賃貸借契約公正証書には165.28平方米(坪でいうと五〇坪)と記載されているが、相手方は、本件審問期日に一度も出頭しないし、答弁書その他の書面を提出して、自己の主張を述べることをしないので、借地の面積を、本件では申立人提出の実測図により、申立人主張の188.42平方米(五七坪)としておく。
本件の資料によれば、申立人が主文掲記の者らに本件借地権を分割して譲渡しても、相手方の不利になるおそれはないと認められるので、本件借地権の譲渡は、これを許可するのが相当である。
2 附随処分
鑑定委員会は、借地権の譲渡につき賃貸人の承諾を求める場合、巷間においては、借地権価格の一〇%に相当する金員を賃貸人に支払う慣行があるので、財産上の給付も、右慣行に準拠して定めるのが相当であるとし、本件の場合、申立人が前記A、B二棟の建物を長年借地権譲受予定者に賃貸していること、本件借地の前面通路が四米未満で、将来借地上の建物を増改築する場合建築基準法上の問題が伏在していること等を考慮し、財産上の給付を借地権価格の九%とするのが相当であるとし、本件土地の更地価格を一九九五万円(3.3平方米当り三五万円)、借地権価格を更地価格の七〇%と評価する。
借地権の譲渡を承諾するということは、特定の者に対する借地権の譲渡をその都度承諾するということであるので、承諾の対価は、右の意味における譲渡性付与の対価、すなわち借地人に対し特定の者に借地権を譲渡しうる権利を付与することの対価であり、右の権利は、それ自体において一箇独立の存在を有するものでなく、借地権の属性にして、借地権という一箇独立の権利に包摂されるものであるので、借地権を譲渡しうる権利の対価は、前記の意味における限られた譲渡性を有する借地権の経済価値(借地権価格)と譲渡性付与前の借地権の経済価値との差であるべきであり、従つて、財産上の給付は、一般的な譲渡性を有する地上権と譲渡性を有しない賃借権の価格の差以上のものであるべきではなく、右の価格にして差異がなければ、財産上の給付は不要というべきである。しかし、右の如き価格の差を求めることは、不動産鑑定評価の現状においては、極めて困難であるように見受けられるので、不動産鑑定評価の理論及び実践が右の困難を克服することができるまでの間は、巷間の慣行承諾料を参考に財産上の給付を定めるのも止むを得ないことである。
巷間の慣行承諾料は、借地権価格×X%として定められているのが一般で、このXの数値は、逐年漸増の傾向にあり、現在、東京都内においては一〇ないし一五前後といわれているが、巷間では、借地権譲渡の承諾を得る場合、これと併せて、期間を譲渡の時から二〇年延長することについての承諾を得るとか、借地権の譲受人において借地上の建物を増改築する希望がある場合には、これについての承諾をも取りつけているのが実情である。従つて、右一〇ないし一五の数値には、右の如き期間延長、増改築承諾等の対価も含まれていると見るべきであるので、借地権譲渡それ自体の承諾の対価は、借地権価格の一〇%ないし一五%よりはるかに下回ることとなる。本件の場合は、増改築許可についての併合申立はなされず、借地権譲渡許可のみの申立であり、後記のように附随処分として、期間を延長する必要も認められないので、右巷間の慣行にならつて財産上の給付を定める場合、その額は、経過期間、残存期間を考慮し、鑑定委員会の評価する前記借地権価格の約五%に当る七〇万円を相当とする。
ところで、巷間における借地権譲渡承諾料の慣行が、借地権価格を基準に定められているところからすると、借地権という財産権の換価に対する賃貸人の貢献を金銭的に評価したものとも考えられるが、そうであるとすれば、訴訟物の価額を基準にして定められる弁護士の報酬、物件価格を基準にして定められる宅地建物取引業者の報酬等と較べるとき、その額は、いかにも過大である。弁護士、宅地建物取引業者らの報酬は、それ相応の委任事務処理の対価であるが、賃貸人の承諾は、譲受人の調査、承諾にいたるまでの交渉はあるにせよ、いわば、承諾という意思表示をすることと、場合によつては、借地に関する契約書を作成する程度のことであり、単なる手数料的なものであるからである。しかも、弁護士の報酬は、訴訟物の価額が大きくなるにつれて逓減し、また、宅地建物取引業者の報酬も、物件価格が大きくなるにつれて逓減しているのであるが、借地権譲渡承諾料のみは、地価の上昇に伴う借地権価格の上昇につれ逓増しているのは、如何にも不合理である。この不合理は、土地が生産不可能な財であるという通常の財と異る特性と土地が人間生活に不可欠な基盤であることに由来するものにして、力関係を反映する以外の何物でもなく、市民社会において、かかる不合理な慣行をそのまゝ鵜呑みにすることは許さるべきことではない。本件の場合財産上の給付を借地権価格の約五%としたが、借地権価格を基準として財産上の給付を定める以上、本来は、もつと下回つて然るべきであるとは思う。しかし、従来、借地権譲渡許可の場合の財産上の給付を借地権価格の一〇%前後としているので、あまり急激に変更するのもいかがかとも思われるので、財産上の給付についてのあるべき姿を示し、将来、次第に適正な額に近づくことを期待するに止めておく。
なお、鑑定委員会は、巷間の慣行に見られる借地権譲渡承諾料は、借地権譲渡代金の一部としての性格を有し、また、地代の改定が地価の上昇に追随できないために蒙る賃貸人の不利益の回復の意味もあるとする。この見解は、不動産鑑定士を支配する通説的見解であるが、「借地権譲渡代金の一部」ということの意味が明確でなく、もし、譲渡代金の一部を請求しうる慣行であるとするならば、借地法九条ノ二が強行規定であるところから、このような慣行に必ずしも従う必要はなく、また、地代の改定が地価の上昇に追随しないというか要は、地代を如何に理解するかの問題であり、経済学の教えるところによれば、地代の源泉は、借地利用により得られる借地人の収益に求めるべきであるとされているので、地代が地価上昇に追随しなければならない理由はなく、まして、現今の如く、地価の上昇率が収益の伸び率をはるかに引き離しているときは、地代は地価上昇に追随しない方がよいので鑑定委員会の右の見解は、採るに足りない。
その他の附随処分
借地人の変動と地代改定との関係について考えるに、前借地人と賃貸人との間に特殊の関係があり、そのために地代を一般より特に低く定めていたというが如き特別の事情のないかぎり、借地人の変動は、地代改定の要因にはならないが、賃貸人の適正な地代増額の要求にも拘らず、借地人がこれに応ぜず、地代改定についての合意が見られなかつたというが如き賃貸人の不利益が過去にある場合には、借地権譲渡許可の際に、地代を改定するのは、双方の利益の権衡上相当であると考えるが、本件の場合、相手方は、審問期日に全く出頭しないばかりでなく、地代改定についての書面による意思表示もしないので、相手方の地代改定についての希望意見を知る由がなく、また、本年四月一日から土地に課せられる固定資産税及び都市計画税が改められたので、地代の改訂については借地権譲受人と相手方との自主的交渉に委ねることとするのを相当と考え、附随処分としての地代の改定はしないこととする。
借地権の譲渡に伴い、巷間では期間もも改める事例が多いが附随処分として期間を延長することは、従来の期間満了時における賃貸人の更新拒絶権を奪うことになり、また、更新料の問題も絡み、更新料の授受及び額の決定は当事者の自治に委せるべき事柄であるので、附随処分という裁判により期間を変更するのは相当でない。
(小山俊彦)
目録
(一) 借地権の目的たる土地
東京郡目黒区目黒本町四丁目一四九番一
宅地3361.97平方米のうち
契約上 165.28平方米(五〇坪)
実測 188.42平方米(五七坪)
(二) 右借地上の建物
A棟 家屋番号 三八一番
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅
床面積 59.50平方米
B棟 家屋番号 三八二番
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅
床面積 59.50平方米
図面<略>